2020年4月29日水曜日

私のタンゴをつくってくれた女性たち

本日チョイ長です。



麻布十番でクンパルを始めて このたび12周年となりましたが、

その前は 2005年に青山でクンパルをオープンしました。



その当時、2005年頃
ブエノスやヨーロッパでの ムーブメントとしては
ヌエボ・ブームの佳境でした。


ヌエボブームの中心人物としてはチチョやセバスチャン・アルセの
名前が真っ先にあがるところですが、

このブームに乗って、二人を真似る 若手ダンサーは
じゃんじゃん増えたのです。


個人的に 2004年〜2005年頃というのは
もっとも頻繁にブエノスへ行ってた時期です。

数ヶ月おきくらいに行ってたので、今思えば よく体力あったな と
思います。 あそこ行くのめちゃくちゃ疲れますから(笑)




そのヌエボブームによって、若手ダンサーをインストラクターとして
集めてた2大スタジオが、DNI と Tango Brujo (タンゴ・ブルーホ)です。

DNI は靴を持ってる方も多いでしょう。

私は Tango Brujo派でした。

残念ながら tango Brujo はヌエボブームの衰退とともにクローズして
しまいました。








その頃の私は、スタジオもオープンして頑張らなきゃだし・・・・

そんな時  おぎりんは セバスチャン・アルセの技を盗むのに夢中だったし

でも 私は マリアナ・モンテスにはなれないし




一体 私はどんなタンゴを踊ればいいんだろう?

そんな風に ちょっと迷子になっていました。




私は古い人間なので 師匠の元へいた時代は、師匠の教えに従い、
しっかり教えの中でコピーに専念すべきであり、
生意気になるべきではない と考えていました。

仲間の中には 師匠の教えを受けようとせず
「いっぱし」の顔をするようなのも時々いて
私は そーいうのが大嫌いです。



ですが、自分で腹をくくって 師匠の元を出ることもまた必要で
そこからは 自分の踊りを見つけるべきだと考えていたのです。


そして それが本当に難しく、苦しかったし、


なにより・・・

私の師匠は 男性でしたから

      憧れて動画でお手本にする女性ダンサーはいましたが


実際に女性ダンサーから 細かいところを教わった経験は
あまりなかったのです。




そんな私が その2004年〜2005年頃ブエノスで
通い詰めたスタジオ Tango Brujo では
Kara Wenham のレディーステクニカを中心に受けていました。




Kara から習ったことは もうハッキリひとこと

 ヒールの使い方  です。


それまでの私は つま先しか使わない動きをしていたので
本来 ゆるめたい 膝の使い方なども 妨げになっていたことなど

ヒールの使い方を変えただけで  多くの変化を得ることが出来ました。


この頃は ウルグアイへも行ったりしていたので、
その飛行機の時間など ギリギリまで Kara のレッスンを受け、
またウルグアイから帰ってきたら、そのままその足で Karaのレッスンに
戻る なんてことをしていました。





時系列としては その少しだけ後になりますが、
踊り全体、 腕の使い方から すべてにおいて学んだのは

Ana Monteagudo から です。





彼女の動きのすべてが好きです。

視線の使い方から  手の平 指

ほんとうに すべてを盗もうと努力しました。




ブエノスへは 私が一人で行くことがあったり、
あるいは おぎりんと一緒だったり 色々でしたが

ある時、おぎりんと一緒に行った時

一度だけ Cecilia Garcia と Santiago のレッスンを
Tango Brujo で一緒に受けました。


本来 受けようと思ってた Karaのレッスンがなかったのか・・・
なぜだったか その経緯は忘れてしまいましたが



彼らのレッスンは タンゴクラスであったのに

全然 タンゴのレッスン内容ではありませんでした。


例えば 何かヒーロのシークエンスをする  とか
オーチョの練習をするとか・・

そーいう タンゴではなく、 コンテンポラリーのレッスンだったのです。


ほぼ コンテンポラリーというか(笑)
ちょっと タンゴっぽさが混ざってる というか(笑)

ぜんぜんうまく説明出来ないけど、正直言ってわけのわかんないクラス
なんですよね。

セシリアの言うアドバイスは 「自由でいいです」 そればっかなんですもん。


まして パレハで受講する意味なんてぜんぜんなかったんです。
ほとんどシャドーの動きばかりで(笑)


そんなわけのわからない コンテンポタリーっぽいタンゴのクラス
ではありましたが


私にとっては それは じわーーーーっとボディーブローのように
効いてくる一撃でした。





それまで 懸命に カーラ や アニータ から新たな概念を掴もうとしていたけど
どこか 納得しきれておらず 形だけだったものが

その セシリアの自由さによって 繋がった感じがしたのです。




そして、その頃
ブエノスでは プラクティカ X というミロンガが流行っていました。

それこそ、チチョや セバスチャンや、 たくさんの有名ダンサーが
遊びに来るミロンガで、
名前に「プラクティカ」と入ってるくらいですから

みんな Tシャツに ジーンズに ラフな格好で集まり

形式張ったことなど 何もない 自由なところでした。



その Practica X での Cecilia y Santiago の即興エキシビジョンがこれです。















後に、クンパルでの第2金曜日のミロンガを

 Practica Z としました(笑)

それが 現在の Z です。


やはりヌエボブームの衰退とともに
X はなくなってしまったけど、うちは その次の Z





師匠が教えてくれたことの1つに

「リアルでありなさい。

 リアルでないものは格好悪い。

 格好悪いことはしてはいけない」


というのがありました。





師匠は つくりもの を嫌いました。
やたら芝居染みたものや、わざとらしいものや、
そーいう何かを。




何をもって かっこいい と感じるかは
人それぞれ違うところかと思いますが



私は このCecilia から教わったコンテンポラリーとタンゴを融合させる
自由さに すごく救われ、
私の思う リアル はこれだ と感じたのです。



そして、私が師匠の元を出て
自分自身の感覚で はっきりと出来た新たなビジョンが

おしゃれであること   でした。



新しいものや  奇抜なもの  奇を衒ったことをしようと言うのではなく


おしゃれなタンゴ    それが 私の踊りたいタンゴです。



変わった音楽などで踊ることを指してるのではなく、


いい曲で踊りたいと思っています。
年代もトラディショナルもヌエボも ジャンルも関係なく。



だって


音楽や スタイルをカテゴライズしようとしたり
線引きしようとするのって  かっこ悪い気がしますから。











オンライン講座での ひとしずくが
あなたのタンゴになりますように。










今日も 元気にいきましょー!!



夜は 「おうち de TANGO」 もあるよ!!!








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