2020年4月11日土曜日

鈴木さんのおはなし

先日は  クラウディオ・ゴンザレスとメリーナの
超人的な 身体能力を持つ タンゴを紹介しました。

それで タンゴって 自由だけど

それにしても 紙吹雪 ハラハラハラ〜〜 とかさせちゃうアレも
見ていただきました(笑)




そして 私にとっての 紙吹雪の思い出


師匠に褒めてもらったあの思い出ですけども



師匠の意に沿うような紙吹雪を探しに
文房具屋や手芸屋を探し歩いたのは 私一人ではありません。



実は 先輩の 鈴木さんの提案であり、
私は 鈴木さんにくっついて行っただけなんです。




私が 舞踊団に入ったばかりの当時、 一番近い先輩が鈴木さんでした。



長いサラサラの黒髪で スラッと背が高くて 色白で

しかも すごく優しくて 素敵な女性でした。



彼女は私をすごくかわいがってくれ、面倒を見てくれました。
私より・・・7−8歳上だったのかな・・ 


それより上の先輩たちは 更にもう少し 年が離れていたし、
キャリア的にもすごく先輩だったので、
最初のうちは 近寄りがたい感じでしたし。。



そんなこともあって 私は鈴木さんにべったりでした。




鈴木さんは すごく気がきく人で、仕事がよく出来る人でした。

師匠がチラッと時計を見ただけで 次の準備に入る  そんな人で、

師匠はすごく彼女を頼りにしていました。




それが、残念ながら 鈴木さんは出産のために 舞踊団を辞めることに
なったのです。






鈴木さんも一緒に出る、最後の舞台で 例の紙吹雪が必要とされ、


鈴木さんは「純ちゃん 一緒に探しに行こう!」と誘ってくれました。




それで、買ってきた リボンや紙や いくつかの候補を師匠に
見せる段になって




     思い出した・・・・
     あの紙吹雪の時の 舞台稽古をしてたのは
     ツヅキスタジオだ。

     麻布十番の 二の橋あたりにある 大きなスタジオです。
     懐かしいなぁ・・・




鈴木さんが
「純ちゃん、今 手あげて! 先生に提案して!! ほら 出てっ!」 
って  私に耳打ちをしてくれて


それで、 私の手柄になってしまったのです。




     ツヅキスタジオはすごく広いので
     ペーペーの私たちは 一番すみっこに居ますから
     「もの申す」なんて時は
     ずずずいーーーっと 出て行かなくちゃなので
     ものすごく勇気がいるんです。






「先生 , 鈴木さんが一緒に連れっててくれたんです」と言っても


「いえいえ、純ちゃんが探してくれましたー」と彼女は涼しく
笑顔を見せるだけでした。





鈴木さんは それから辞める日が来るまで 細かく私に
たくさんのことを教えてくれました。



「先生は芸術家でなくちゃダメだし、実際そうだからね、
純ちゃん たくさんサポートしてあげてね、

先生は 不器用だから 思ってることを ちゃんと言葉に出来なかったり
行動することが出来ないことで、誤解を受けることもあるから、
代りにやってあげる人が必要なのね、

そうじゃないと浮世人になって ただの無礼な人になっちゃうからね、

でもね、先生みたいな人は本当は無礼でいいのよ」 



と、そんなことをいつも言ってました。


私は ただただ 鈴木さんってすごいなー  って思ってましたけど、
とにかく鈴木さんのすることを真似ました。






鈴木さんは 札幌へ引っ越しされ、
無事にご出産され、 なんと三つ子ちゃんのママになりました。

きれいで優しいママ。





それから 私は 鈴木さんの役目を受け継ぎ、
師匠の手となり足となったわけですが、


鈴木さんの言う通り、師匠は 大変に不器用な人で


タンゴ業界中 あっちにもこっちにも敵だらけのような人でした。




でも 私は 師匠を尊敬し、大好きでしたので

鈴木さんの役目は 自ら好んで引き受けてましたし、
それが 私にとって心から喜びだったんです。


師匠が お礼を言ってくれるようなことも少なかったかもしれませんが



時々言ってくれる「ありがとう」は 本当に心から喜んで下さってるのが
わかってましたし、



一度     「んんん    理解者がいるのは心強いなぁ」と

言って下さったことがありました。






周りの人は親切で
「純ちゃん、あなた あんまり先生を信用しちゃダメよ。
 あの人 あれで何も考えてないから、」 (笑)とか

「コキ使われてかわいそうに」 とか


そんな風に言われることは しょっちゅうでした。




でも その度に、鈴木さんを思い出し、

鈴木さんのようであることは 大きな自分の成長になっていることを
感じていましたから


私には まったく構わないことでした。







鈴木さんは自分が辞めるから、紙吹雪の手柄とともに
「先生の理解者」という役目の席をあけてくれたのだと思います。





最近よく鈴木さんのことを思い出し、

あの頃の自分のことを思い出します。







偉くなったつもりではないのですが、
あれから長い時が流れ
いつしか 私も立場上 この業界をまとめるようになり、

    私の師匠ほど 浮世人ではないつもりですが(笑)

こうなってみて  いかに師匠が 鈴木さんや あの頃の私を
大事にしてくれてたか
「理解者」という存在がありがたいか、

その気持ちがわかるようになってきました。



今の私に「鈴木さん」がいることにも
大きな感謝をしています。











ちょっと


ああ


早く踊りたいですね。




鈴木さんはお元気かしら・・・・・・








今日も 皆さんにとって 素晴らしい1日でありますように。






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